――朝。日の出と同時に目が覚めた。
眠い目をこすりながら空を見上げる。
見上げた空はあまりにも高く澄んでいて、まるで自分を呼んでいるような気がした。
――ああ、旅に出たいなあ。
この城から飛び出して、広い世界を見に行きたい。自分の力がどれだけ通用するのか、試してみたい。
なんせサントハイムにいる兵士達では、弱すぎる。
もっともっと強い相手と戦って、自分の強さを知りたい。それなのにどうして、出ていくことを許されないのだろう。
そう侍女に漏らしてみたら、妙齢の彼女はただ小さく笑って首を振るだけだった。
どれだけ自分が直談判をしたとしても、決して自分の父親は認めてはくれないだろう。それならば、いっそのこと……。
「……逃げ出してやるわ」
普段着用に誂えた、黄色のワンピースと青いマント、オレンジのグローブ。そして青い帽子を被り、気合いを入れる。
自室の壁を二三度拳で軽く叩いてみて、強度を確認する。
この城も、建設されて大分建つ。
良い感じに老朽化が進んでおり、今ならきっと、この壁をぶち破ることだって出来そうだ。
「……よし」
壁からやや離れた位置に立ち、目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。
自分の体内にある力を、右足へと集中させるイメージ。
目を開けると同時に、アリーナは壁へと全力でダッシュした。
「はああああっ！」
裂帛の気合いと共に、全力で壁をけりつける。
まるでイオナズンを炸裂させたかのような轟音と共に、アリーナの部屋の壁は砕け散った。
もうもうと舞い上がる土煙が収まると、その向こうに広がるのは城の中とはまるで違う、広い世界。
「……よし！」
目の前の開いた壁の先には、きっと自由が待っているはずだ。そう信じ、今まさに抜け出そうとしたところで――
「姫様！何をやっておられるのですか！」
どうやら見つかってしまったらしい。アリーナの部屋の入り口で、侍女が真っ青になって叫んでいる。
更にこちらへと向かってくる複数の足音。こうなってしまってはもう、抜け出すことは難しいだろう。
仕方がないのでここは一旦、おとなしく待つことにした。
「――良いか！もう城の外に言い出すのではないのだぞ！」
そんな台詞と共に、父王の長い長いお説教は締めくくられた。
当然アリーナは右から左に聞き流すだけ聞き流して、さっさと立ち上がる。
するとブライが、ひょっこりと杖を突きながら自分の下へと歩いてくる。
またお説教かとアリーナは顔をしかめたが、ブライはお構いなしに口を開いた。
「全く姫様！いけませんぞ！」
何やらああだこうだとわめいているが、やはり父王のお説教同様にその大半を聞き流す。
そろそろ終わるかと思いながら、アリーナがそっと身を引こうとしたところで、ブライのその台詞が聞こえてきた。
「全く……亡くなられたお后様は大変におしとやかな方でしたのに」
「わ……」
一瞬にして頬に血が上った。
ブライを睨み付け、精一杯の声を張り上げる。
「悪かったわね！」
おしとやかにしろ、おとなしくしろ、王女らしくしろ……。そんな台詞は、もううんざりだ。
面白くない気分で、礼拝堂へと向かう。こんな時にはやはり、クリフトに愚痴を聞いて貰うのが一番だった。
「クリフト、いる！？」
部屋に向かえばクリフトはいつも通り、温かく出迎えてくれる。そこでようやくアリーナは、一通り愚痴を吐いてすっきりすることが出来た。
部屋を退出しようとした時のクリフトの台詞は気になったが、それでも先ほどよりは気分も軽い。
とは言え……
「出て行ける訳じゃないのよね」
アリーナは歯がみしたが、仕方がない。とにかく一旦部屋に戻ることにした。
「あ、姫様」
部屋に戻ろうとしたら、侍女に呼び止められた。
彼女は渋面になりながら、アリーナの部屋の方を指さす。
「部屋の壁は、修理を頼んでおきました。本日は応急処置だけですが、明日から本格的に修理が始まります。良いですか、もう二度と、部屋の壁を蹴り破るなんてこと、なさらないでくださいね」
「はいはい」
それも聞き流して、部屋へと戻る。確かに部屋の壁には板が打ち付けられており、アリーナの部屋の壁に開いた大穴を塞いでいた。
「……何よこれ」
この程度の壁なら、きっと今すぐにでも蹴り開けられるだろう。先ほどの侍女は、明日から本格的な修理にはいると言っていた。
つまりこれが、最後のチャンスなのだ。
「よし！」
気合いを入れて、再び壁を蹴り破る。
物音は先ほどよりも軽く、せいぜいイオを爆発させたぐらいだろう。
「行くわよー！」
わくわくする。ドキドキする。
この先には一体何が待っているんだろう。
アリーナは、壁に開いた穴からひらりと身を躍らせた。
すぐに、クリフトとブライまで追いついてくる。
余計なものまで付いてきてしまったが仕方ない。とにかく今は、この旅を楽しむだけだ。
――さあ、無限の世界が広がっている。