初めての戦い -side a-

「――もう、クリフトやブライまでついてくるなんて思わなかったわ!」
 城の敷地の外へと向かいながら、アリーナがそう不満を口にする。それをクリフトは、ただニコニコと笑いながら聞いていた。
 ブライにしても似たようなもので、ただ無言で杖をついて自分の後ろを歩いている。
「……そもそもクリフト、あなた私の旅立ちに反対してなかったかしら?」
 ブライももちろんだが、クリフトも確か「そのような無茶はなさりませんよう」とか言っていたはずだ。それなのに今は、止めるそぶりすら見せなかった。
「私は、一人旅に反対していたのですよ、姫様」
「……一人じゃなかったら、良いのかしら?」
 そう言う問題ではない気もするが……。
 アリーナがブライに目を向けると、ブライも重々しく頷いた。
「姫様がわしらの目の届かぬ場所で何をしでかすかと考えたら、夜も眠れそうにありませんでしたからな。それならついて行く方が、幾分気分も楽ですじゃ」
「……あっそう」
 アリーナは思わずこめかみを押さえたが……とにかく、城の外に出て行くこと自体を反対されているわけではないらしい。
 余計な付録も付いてきてはいるが、とにかく今はこの状況をめいっぱい楽しもう。
 そう決めると、アリーナは城の外の敷地へと一歩足を踏み出した。
「……わあ」
 初めて見る、外の世界。
 城から外に出たことがないわけではなかったが、その時は行動を極端に制限された窮屈なものだった。
 なのに今は、何をするのにも自分で決めて良いのだ。その開放感が、アリーナにとって世界を違ったものに見せていた。
 心臓の高鳴りを覚えながら、城の外へと飛び出していく。まるで世界が、自分だけのものになったかのようだ。
 その時――
「危ない!」
 クリフトの鋭い叫びと共に、強く後方へと引っ張られる。
「!?」
 アリーナは一瞬バランスを崩しそうになったが、すぐにその体を支えられ、平衡を取り戻す。
 そしてそんなアリーナの目の前をかすめるように、黒い影が通過していった。
「はさみクワガタです!」
 影の正体をクリフトが口にする。その影が飛んでいった方向に目を向けて、その光る無機質な青い目と目が合った瞬間、アリーナはこめかみが汗を伝うのを感じていた。
「ヒャド!」
 ブライの氷の魔術が飛んで、はさみクワガタを凍り付けにする。一瞬光ったと思ったらはじけ飛んで、後には何も残っていなかった。
「……大丈夫ですか、姫様。お怪我は」
「ない、わ……」
 クリフトの呼びかけにもどこか力無く答え、そっとその手を振り払う。そして思った。クリフトの呼びかけがなければ、今頃はきっとあの魔物に痛烈な一撃を食らっていただろう。
 ……甘かった。
 ここ最近、魔物に襲われ怪我をしたり、命を落とす人間が増えていると聞いた。
 それなのに目先の自由に目を奪われ、油断してしまっていた。
――悔しい。
 拳を強く握り締め、歯を食いしばる。こんな心構えでは、力試しだなんて言っていられないだろう。
「……姫様」
 クリフトが辺りに目を配りながら、そっと話しかけてくる。アリーナはそれに対してそっと頷きながら、ゆっくりと身構えた。
「……近い、ですな」
 ブライが杖を構えなおし、クリフトも自らの棍棒を手に取った。
 次の瞬間、近くの茂みから緑の影が飛びかかり、アリーナへと襲いかかってきた。
「はあっ!」
 アリーナはそれを拳で迎え撃ったが、
「くっ?」
 そのグリーンの装甲を砕くほどではなかったらしい。
 一瞬、襲いかかってきた魔物――キリキリバッタだ――はひるんだものの、その力強い足でアリーナに蹴りを加えてきた。
「……ったあ」
「姫様!」
 アリーナがよろけたところを、ねらい澄ましたかのようにクリフトが駆け寄ってくる。そしてその棍棒を、キリキリバッタの脳天に思い切り振り下ろした。
 キリキリバッタが二度と動かなくなるのを確認したのとほぼ同時に、ブライの「ヒャド!」の声がまたも響き渡る。
 ブライの前には、もう一匹のキリキリバッタが凍り付けにされ、砕かれて落ちていた。
「ホイ……」
「唱えないで!」
 クリフトが癒しの呪文を唱えようとしたのを、鋭く叫んで止めさせる。蹴られた箇所をさすりながら、アリーナはゆっくりと首を振った。
「……たいした怪我じゃないわ。平気よ。だから……ホイミは要らないわ」
「は、はい……」
 クリフトが頷くのを横目で見ながら、アリーナは一つ決心をする。
 ついさっき、クリフトに助けられた瞬間も、今キリキリバッタに蹴られたこの痛みも決して忘れない、と。
 忘れない。そして絶対に強くなってみせる。
 キリキリバッタの緑の殻は確かに固かったが、その反面もろそうな印象も受けた。あれならばきっと、正しく突けばあの緑の殻も砕けるだろう。
 すぐだ。そう、すぐに砕けるようになってみせる。それまで、決してこの傷を治さない。治させない。
 ……さあ、これが初めての実戦だ。気合いを入れて、かかっていこう。私の力はこんなものじゃない。まだまだ、いくらだって強くなれるはずなのだから。
「よーっし!行くわよ!」
 気合いを入れたかけ声を出して、アリーナは広い世界へと走り出していった――

(2007/12/28)