初めての戦い -side i-

「――はあ、はあ、はあ、はあ……」
 何度も深い呼吸を繰り返し、木にもたれかかった。
 行かなければという思いにとりつかれるようにして村の外へと踏み出してみれば、そこにあったのは魔物達の世界。
 最初に現れたのは、深いブルーの体を持つスライムだった。
 その外見の可愛らしさに一瞬心は和んだものの、すぐにそのスライムが全身で飛びかかるようにしてイクへと体当たりをしてきた。
「!!」
 その柔らかい体ではたいしたダメージにはならなかったものの、イクは深い衝撃を受けた。
 その魔物が自分に向けてきた、山奥の村では、決して自分に向けられることの無かったある一つの感情。
 すなわちそれは――悪意。
 可愛らしい外見でありながら、その魔物は確かにイクを亡き者とするために襲いかかってきたのだ。
 怖くなり、必死に銅の剣を振り回した。柔らかいスライムの体はあっさり切り裂かれ、後には残骸だけとなる。
 次に現れたのは、キリキリバッタだった。
 これまた、恐ろしさに震えそうになる足を叱咤激励して切り捨てる。うまく間接の間に刃が滑り込み、その緑色の体を分断した。
「……はっ、はっ」
 いたずらもぐらにはさみクワガタ、きりかぶおばけなど。それら全てがイクへと襲いかかってくる恐怖は、並大抵のものではなかった。
――剣を、振り抜きなさい。
 自分の師が教えてくれた剣術がなければ、とっくに息絶えていたかもしれない。イクはとにかく夢中で、剣を振るい続けた。
「……はあ、はあ」
 とにかく魔物達を退け、座り込む。しばらくこの場を、動きたくなかった。
 ……そろそろ、イクにも村の外に出て実戦を含めた修行をしなければならないかもな。
 自分の、師匠の言葉を思い出す。確かあれは、昨日のこと。剣術の基本が身に付いてきたイクに、師匠がそう提案したのだ。
 あの時は、まさか翌日にあんなことが起きるなんて、想像してもいなかった。壊滅した村の真ん中で、イクはただ呆然と立ちつくしていたのだった。
「…………どうして?」
 先刻から幾度も胸の内で何度も繰り返してきた問いを言葉に出して問うてみる。が、イクのその言葉に応えるものは誰もいなかった。
 剣を取り出し、まじまじと見つめる。その刃には先ほどまでは付いていなかった魔物の血がこびりついており、イクはこの剣が禍々しいものに変容してしまったような気さえした。
 つい先ほどまでの出来事を軽く反芻してみる。
 イクへと襲いかかってくる魔物達。それを必死になって応戦する自分。そこにあったのは、確かな命のやりとり。
――これが、実戦。
 その認識に、身震いした。涙がこぼれそうになり、慌ててぬぐい取る。
 こんなにも恐ろしいものだなんて思わなかった。
 悪意を持ったものと、命のやりとりをする。そんなこと、想像もしていなかった。
 怖い。だがしかし、そんなことも言っていられないのだ。
「……行かなくちゃ」
 勇者だとか何だとか、そんな称号自分は知らない。だけど、村の人たちはこうなることを予感して自分に剣術や魔法を教えたのかもしれない。
「ホイミ」
 かつて教わった、傷を癒すための呪文。
 あの時は何度唱えても使えるようにならなかったが、今は使うことが出来る。
 それは、実戦により自らの魔力が練り上げられたからかもしれない。
 かつて自分に魔法を教えてくれた老人は言っていた。
 魔力とは、実戦を通じてより強くなり、高められていくものだ。そうでなければ、いくら呪文を唱えたところで決してその魔法が発動することはない、と。
 今こうして使えると言うことは、つまり自分の魔力が強くなったことの証。
 そのことに対して自分はどういう感想を抱けばいいのか分からぬまま、とにかくイクは一歩を踏み出した。
 ……山を、降りよう。そこにはきっと、何かがあるはずだから――

 剣を振るう理由と、戦いの意味。それらを考えながら、イクはとにかく歩き続けるのだった。