「――勇者って、誰？」
ぼろぼろになって、古びた山小屋にたどり着いた。
そこにいた木こりのおじいさんは、言葉は乱暴だったけどとても温かい人だった。
そこで一晩泊めて貰い、皮の鎧と、薬草、僅かな食料をわけて貰い、礼を言って山小屋を出る。
森を抜けた先に広がった草原を見て、改めて世界が広がったような気がした。
ブランカの城下町に何日か滞在してしまったのは、結局はあの村を離れがたかったのだろうと思う。
己の弱さに唇を噛みながら、それでもイクは魔物と戦い続けた。
……これから、どこに行こうかな。
空虚な心で己に問い掛ける。しかし結論は、いくら待ってもやってきそうになかった。
そんなある日、イクは城下町である気になる噂を聞いた。
「――何でも、東の国のエンドールには、よく当たると評判の占い師がいるらしい」
そこに行けば、己が進むための道を示唆してもらえるのだろうか。
それならば、行ってみようと思う。ちょうど、いたずらもぐらやスライムやらを相手にするのも飽きてきたことだし。
エンドールへは、ほぼ二日ほどで着いた。
真新しく掘られたばかりだというトンネルをくぐり抜け、先へと進む。
その国のあまりの大きさに、イクは思わず城下町の入り口でしばらく立ちすくんでしまった。
……人が、沢山いる。
ふらふらしながら足を踏み出した。
のどかだった山奥の村とも、どこか牧歌的ですらあったブランカの城下町ともまるで異なる、都会の空気。
その雰囲気に、イクは圧倒されていた。
ドキドキしながら街の中を歩き回り、商店の中を見て回る。
生まれ持った好奇心がようやくここに来て回復してきたのか、イクの顔はだんだんと輝いていった。
「綺麗……」
初めて見る異国の髪飾りに目を奪われ、しばらくその場に立ちつくす。
その時だった。
「お母さん！！」
一人の男の子の声が、イクの耳に飛び込んできたのは。
振り返ってみると、まだ１０歳くらいの男の子が母親に手を引かれて家に帰っていく。そんな、どこにでもあるような当たり前すぎる風景だった。――そう、何日か前に失われてしまった自分の村でも。
手を引かれる男の子の姿が、遠い日の自分に重なるようで、イクはずっと、その光景から目を離せなかった。
「……もし」
「！？」
急に背後から声をかけられたことに驚いて、慌てて後ろを振り向く。そこでまた、イクは息をのんだ。
――綺麗な、人……。
まず真っ先に目に飛び込んできたのは、不思議な色合いの、薄い紫の髪だった。次に、この近くの国の人間のものとは到底見えない、小麦色の肌。そして、どこか神秘的な雰囲気を持つ水晶を思わせる瞳だった。
「……すいません、どうも貴女が、悩んでいるように見えたものですから」
「は、はい……」
確かに、自分は悩んでいた。行く道を見失って、ただ立ち止まっているしかできなかった。
だから占いでも何でも良いから、自分が行く道が欲しかったのだ。
「私は旅の占い師。悩んでいる人に、行く道を示唆するのも占い師の役目です。10ゴールドで、貴女の未来を占って差し上げましょう」
「…………分かったわ。私がこれからどうすればいいか、占ってくれる？」
財布から10ゴールドを取り出し、占い師の女性に差し出した。
すぐに占い師の女性が水晶を覗き込む。
その水晶は自分には何の変哲もないものにしか見えなかったが、どうやら彼女には特別なものが見えているらしかった。
眉間に険しいしわが寄り、全てを見通すかのようなまなざしでじっと水晶を見ている。
「……貴女の周りに、7つの光が見えます。その光は、今はとても小さいですが、やがて大きな光になり……え？」
占い師の目が、大きく見開かれた。
驚愕した様子で自分のことを見つめ、震えながらその言葉を口にする。
「もしや、貴女は勇者様！？」
「――勇者って、誰？」
反射的にそう口にしていた。
占い師は何かに押されたように一歩後ずさり、自分のことをまじまじと見つめてくる。
その目がどこか非難しているかのように見えて、イクは口を尖らせた。
「……ずっと思っていたわ」
そう、全てを奪われたあの日からずっと。勇者って、誰なんだろうって。
「誰かが私を勇者って言った。私が女の身で剣を握っていた理由も、今考えると私が勇者だからかもしれない。……だけど、勇者って誰？」
自分が勇者だという理由で村を滅ぼされるなら、そんな称号要らないから、今すぐ返却させて欲しい。
「私はただ、みんなとずっと一緒にいたかっただけなのに……！」
自分を抱き締め、叫ぶ。自分が一人であるということが、今はたまらなく辛かった。
すると、不意に優しく抱き締められた。驚いて顔を上げると、優しい目をした占い師と目が合った。
「……それなら、ずっと私達が一緒にいます」
「私……達……？」
イクがそう聞き返すと、占い師は柔らかく微笑んで頷いた。
「はい。私には双子の姉がいます。そして貴女には、私を含む7人の仲間がいます。これから出会う仲間が。約束します。その人達も私も、決して貴女を一人にしません。ずっと、貴女の傍にいます」
「仲間……？」
「はい。私は、占い師のミネアといいます。どうぞよろしく、勇者様」
ほとんどオウム返しのようなイクの問いかけにも、占い師――ミネアは、優しく微笑んだ。その笑みに、自分の強張っていた心が優しく溶かされていくような気がした。
「ありがとう、ミネア。だけど、私のことはイクって呼んで。勇者様って……呼ばないで」
勇者なんて知らない。自分はイクだ。それ以上でも、それ以下でもない。
「分かりました、イク。生きましょう。姉のマーニャが待っています」
「ええ」
ミネアと固い握手を交わす。決してこの手は離さない。
イクはそう決め、歩き始めた。
大いなる、運命の元へと。