――私が助けたかったのに。
顔面が蒼白どころか土気色になって、それなのに額はものすごく熱かった。
クリフトを絶対助けると言って宿を飛び出して、そこら辺にいた人たちをとっつかまえてパデキアの種を探しに行った。
なのに何一つ見つけられず、悔しい思いでミントスへと戻ってきた。
クリフトの熱が収まる様子も、呼吸が治まる様子もいっこうに見られない。
――死。
その一文字が頭に浮かんで、慌てて振り払う。
「……そんなの、絶対に嫌よ」
どうすればいいか分からず、もう一度パデキアの種があると言われる洞窟へ向かってしまおうかと腰を浮かせた時、宿屋の扉が開いた。
「え……?」
確かあの緑の髪の毛の女の人は、パデキアの種があるという洞窟で出会った……。そう言えば、ブライもいたわね。それじゃあ、あの人の手に握られているのは、もしかして……。
「パデキアの根っこを、持ってきたわ。あなたの仲間、これで助かるわよ」
「あ……」
これでクリフトが助かる、と言う思いが半分。私が助けたかったのにという思いが半分浮かび上がってきて、頭の中が真っ白になった。
私が呆気にとられている間も、あの人はその仲間の人らしいローブを着た女の人とブライと薬の準備をしている。
「クリフトを助けていただき、このブライ、深く感謝しますぞ」
ブライがそう言って、あの女の人に頭を下げている。
私も何か言わないと。そう思うのに、口が動いてくれなかった。
「スープが出来たわ。後はこれを飲ませるだけね」
あの人がスプーンを取った。それを見た瞬間、私はその手を押さえずにはいられなかった。
「待って!」
そう言うと、あの人は驚いたように私を見た。
澄んだ眼がじっと、私を見上げる。その眼を見返しながら、私はゆっくりと口を開いた。
「私が……飲ませる」
ふっとあの人の目の色が柔らかくなり、私の手にスプーンとスープの皿を持たせた。
「分かったわ……飲ませて、あげてね」
頷いて、クリフトの口元にゆっくりとスプーンを持っていく。クリフトがスープを飲み込んだ次の瞬間、苦しそうだった呼吸があっという間に元通りになり、顔色にも赤みが差してきた。
「……姫様?」
まだ意識が完全に回復した訳じゃないらしいが、それでも私のことを呼ぶ声はいつものにとても近くて、一瞬視界がにじんだ。
「……ありがとう」
やっと言えた。
そう思った瞬間、涙が一筋頬を滑り落ちた。
ふるふると拳をふるわせながら、あの人の顔をまっすぐに見る。
涙をぬぐって視界をクリアにして、改めて深く頭を下げた。
「ありがとう、クリフトを助けてくれて。私の名前は、アリーナ。サントハイムの、王女よ」
この人になら言っても良い。そう思うと、するすると言葉が滑り落ちた。
「私が国を抜け出して、戻ってみたら城が空になっていたの。どうしてそうなったのか全く分からないけど、今はその理由を知るために旅をしているわ」
彼女の目が、すっと鋭くなる。それはまるで戦いを目前にした戦士のようで、私は一瞬身構えた。
「そう……私の名前は、イク。元はね、山奥で暮らしていたんだけど、事情があって旅をしているわ。多分、あなたのお城が空っぽになった理由は、私の旅に深く関わっていると思うの。ねえ、私と一緒に、来ない?」
「あなたと……?」
イクと名乗った彼女が私に力強く笑いかけてくる。その笑顔に、私は心が強くひかれるのを感じた。
「……分かった、行くわ。あなた達と一緒に」
「姫様!?」
ブライが驚いたような声をあげるけど聞こえないふりをする。
イクが私の手を取った。私もその手を強く握りかえして笑いかける。
「よろしくね、アリーナ」
「こちらこそ、よろしくね、イク」
すると、その成り行きを見守っていたローブを着た女の人が前に出てきて私にすっと片手を差し出してきた。
「私はミネアです。廊下に、私の姉であるマーニャと、武器商人のトルネコさんがいます」
「二人とも、私の大切な仲間よ。今日から、あなた達もね」
優しくて力強い笑みと、その手の温かさ。
そしてこれから始まる新たな冒険の予感に、私の胸は大きく高鳴っていた。
「……ありがとう」
それからごめんなさい。
心の中だけで呟いて、ベッドに眠るクリフトを見る。
薬が効いたのかよく眠っている。その寝顔を身ながら、私はぎゅっとグローブに包んだ拳を握り締めた。
これから先、どんなことがあったとしても、きっとイク達が一緒なら乗り越えられる。そんな予感がした。
さあ、行こう。
これから、新たな旅が始まるんだ……。