――ゆっくりと、ベッドの中で目を開いた。
途端に差してくる日の光に、一瞬目を灼かれそうになり慌てて細める。
一つ大きく息を吐いて、ベッドの上へと身を起こした。
朝の光が、自分の寝ていた部屋の中をいっぱいに照らす。ベッドの傍らには、自分の神官服が丁寧にたたまれておかれていた。
ベッドから降りて、神官服に袖を通す。久しぶりに着るそれは、自分の身にしっかりと馴染んでくれた。
コンコン
小さく、ノックの音が響く。
「クリフト、起きてる?」
誰よりも愛おしい人の声に頬が緩んだ。
「はい、起きていますよ」
「そう、開けて良い?」
「ええ、たった今着替え終わりましたので」
そう答えると、すぐにドアノブががちゃりと音を立てた。
開かれたドアの向こうには、太陽よりもなお輝く自らの主君の姿があった。
「……おはようございます、姫様」
我が君に向かい頭を下げると、姫様の目がすうっと細まる。
「おはよう、クリフト」
ああ、今日もやっぱり、姫様は綺麗だ……。
姫様が、つい先ほどまで私が眠っていたベッドに目線をやる。その表情が、一瞬哀しそうに曇った。
「本当にもう……大丈夫なの?」
姫様が心配そうに私を見る。私は、姫様を安心させようと力強く頷いて見せた。
「ええ、パデキアがしっかりと効いたようです。もう、大丈夫ですよ」
「良かった……」
姫様がそう言って私の手を取る。う、うわ、心臓が……!
私は、不自然にならないように姫様の手をそっとはがすと、一つ大きく深呼吸をした。
「本当にご迷惑をおかけしました。もう二度と倒れぬことを、このクリフト、誓いましょう」
「ええ、お願いね」
その笑顔があまりにも綺麗で、私は何を言えばよいのかすらも分からなくなってしまった。
思考が白く染まったその瞬間を縫うように、姫様のものではない女性の声が高く響いた。
「アリーナ!クリフトさん、起きた?」
すると、姫様が弾かれたようにそちらの方に顔を向ける。
「イク!ええ、起きたわ!」
姫様が答えるのとほぼ同時に、再度私の部屋のドアが開く。
まず眼に飛び込んできたのは、鮮やかな緑色の髪。それから、緑色のレオタードと、片袖と片足だけを覆うオレンジの布。
姫様とは異なる健康的な肢体は、生命力に満ちあふれているかのようだった。
聞けば彼女もまた、デスピサロを探す旅の途中だという。それ故昨日から、共に旅をすることになったのだった。
イクさんが私の前に立つ。年の頃は、姫様と同じか一つ上くらいだろうか?
姫様よりやや高い位置から、私をじっと見上げてくる。そのあまりにも澄んだ眼に、不覚にも一瞬見とれてしまった。
「改めて、初めまして、クリフトさん。アリーナから聞いていると思いますけど、あなたも今日から私の仲間です。どうぞ、よろしくお願いします」
歯切れの良い声ではきはきとしゃべり、手を差し出してくる。
私もイクさんの手を取り、しっかりと握りかえした。
「はい、よろしくお願いします。ですが……クリフトで良いですよ。出来れば、敬語もやめてください」
姫様には対等な口をきいているのに、その臣下に対して敬語である必要はない。そんな思いが顔に出たのか、イクさんが小さく苦笑いをした。
「ふふ、それもそうよね。それじゃあクリフト、下に行きましょう。私の仲間を紹介するわ」
「はい……あ、そうだ!」
なんてことだ。私としたことが、一番大切なことを言い忘れるところだったなんて。
「イクさん、助けていただき、本当にありがとうございました!」
深々と頭を下げると、イクさんが小さく笑ったようだった。
「困った時は、お互い様でしょう?恩返しは、この先いくらでも、ね」
小さくウインク。そして、付いておいでというように私に手招きをした。
私がイクさんに続こうとすると――袖を引っ張られた。
「姫様……?」
何をなさるのかと思わず振り返ると、姫様はすぐさま手を離された。
何故だろう、一瞬姫様が不機嫌な顔をしたような……?
しかしすぐにそれは消え、今度は私の手を引いて宿の階段へと向かう。
「行くわよ、クリフト!今日から新しい旅立ちなんだから!」
「……はい!」
姫様に頷いて、階下のホールへと向かう。
新しい朝は、きらきらと輝いていた。