――ねえ、アリーナ。クリフトって、すごいわね。
他の誰に言われても嬉しいはずのこの言葉。
なのに彼女に言われると、ちょっとだけ嫌な気持ちがわき上がってくるのは何故だろう?
「――敵よ!」
イクが鋭く叫び、船の仲間に注意を喚起する。
それを聞きながら、即座にアリーナも愛用の鉄の爪を身構えた。
ミントスにてイク達と出会って二日目。今はイクを探しているらしいというライアンの元に行くために南の大陸にあるというキングレオの城に向かっているところだ。
イクがアリーナ達の戦いを知りたいと言って、今はもっぱらイク、アリーナ、クリフト、ブライで戦っている。
マーニャ、ミネア、トルネコは後方で待機。
イクとアリーナが果敢に敵に切り込んでいき、クリフトとブライが呪文で援護するのが現在のパターンだ。
「アリーナは、そっちの殺人エイをお願い!」
「分かったわ!」
「クリフト、マヌーサ!ブライさんは、ヒャダルコをお願いします!」
「分かりました!」
「承知!」
最初のうちはぎこちなかったが、だんだんお互いの呼吸が飲み込めてきて連携も大分とれるようになってきた。
一つの戦闘を終え、互いに健闘をたたえ合う。目指す大陸は、すぐそこだった。
「お怪我はございませんか、姫様」
「んー、さっきの敵は、結構強かったわね。クリフト、ホイミお願い」
「かしこまりました」
クリフトが傷口に手を掲げ、短い呪文を詠唱する。温かい波動と共に、あっという間に傷口がふさがっていった。
「私にも、お願いね」
イクが脇から顔をのぞかせて、右腕を差し出す。そこには、先ほど首長竜に噛まれた跡が残っていた。
「分かりました」
クリフトがホイミを詠唱する。その様子を見ながら、アリーナはこっそり唇を噛んだ。
イクがホイミを使えるのを知っている。それなら自分で唱えればいいと思うのに、何故だろう。そう思う以上に、少しだけ嫌な感覚が胸の内に広がっていった。
「うん、ありがとうクリフト」
イクがクリフトに礼を言う。その腕からは、先ほどの噛み跡が嘘のように綺麗に消えていた。
「…………」
イクは、好きだ。自分と同い年か一つ年上の、少女。初めて出来た、自分と年の近い友達。身分も何も気にしないで話が出来る相手。
出会ったその日に、我慢できなくて手合わせを申し出た。そして自分と互角に渡り合うその強さに、アリーナは嬉しくなったのだ。
だからイクは、出会った時から親友のように思っている。
なのに、クリフトと話をしているのを見ると、少しだけ胸の奥がざわざわする。
――変だ。ここのところ少し、変だ。
クリフトがイクに話しかけるのを見ても、なんだか少し落ち着かない気持ちになる。
……どうしちゃったのかな、私。
ミネアがこの間言っていた。私とイクは、似ている、って。
どこが?って聞いたら笑ったまま答えなかったけど、一瞬辛そうな顔になったのは何故だろう。
イクと私が似ているとしたら、どこだろう。だからクリフトも、イクと話していると楽しそうなのかな。
イクと話をしていると、時々クリフトの話題になる。その時イクがクリフトを褒めるようなことを言うと、私はちょっとだけ嫌な気持ちになってしまう。
マーニャがクリフトを「いい男」って表した時は、何も思わなかったのに。
……頭が痛くなってきた。慣れない考え事をしていたせいか。
「姫様」
不意に、横合いから話しかけられた。鼻をくすぐる、紅茶の匂い。優しい、ハーブの香り。
「……クリフト」
クリフトが柔らかく笑って、アリーナに紅茶を差し出す。浮かんでいるのは、心を落ち着かせるカモミールの葉。
カップを受け取り、一口飲んだ。
「美味しい……」
「姫様のご気分が優れないようでしたので。……いかがですか?」
「ありがとう、クリフト。なんだかとっても、楽になったわ」
例え自分が何をしていたとしても、こうしてクリフトはいつだって自分に気が付いてくれる。それを思うと、先まで沈んでいた気分がふっと軽くなった。
もしもまた、イクとクリフトが話をしているのを見ても、あまり深く考えないようにしよう。
だってきっと、いつだって彼はこうして自分のそばに来てくれる。
今はそれで、良いじゃないか。
不可解な感情の正体は分からないけど、クリフトが自分の傍にいる。もうそれだけで、アリーナは満足してしまうのだった。
その感情の名前をアリーナが知るのは、まだ先のことであった。
END(2008/01/04)